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No.98
表面からは見えない内部の世界を覗いて
京都国立博物館保存科学室長
降幡 順子
「国宝展の終了後、出陳作品について科学調査をする機会に恵まれた。四天王寺蔵・国宝懸守である。 ここでは出陳した四懸のうち「桜形桜折枝金具装」(幅7.3cm、高さ6.4cm)の調査結果をご紹介したい。
まず懸守とは、首に懸けて用いるお守りである。本作品は、木材を桜花形に成形し、その上に華麗な錦を貼り、さらに側面や角には金銀の金具が取り付けられている。染織史や金工史の研究から、本懸守の製作は平安時代に遡り、この時期に高まった四天王寺信仰の中で、高貴な人物によって奉納された品といえる。
さて、この懸守は昭和年間に四天王寺が撮影した透過X線写真により、納入品があることは知られていたが、具体的な内容までは分かっていなかった。 そこで、表からは見えない納入品を調べるためにX線CT調査を実施した。X線CT調査は非破壊で内部を詳細に観察できるため、仏像調査などで一般的になりつつある手法であるが、懸守の内部を調査すること自体は初めてのことであった。
内部の世界を覗いてみると、そこには刳り貫かれた空間があり、円柱形の一材を身と蓋に割った仏龕(直径2.3cm、高さ5.5cm)が、紙に包まれて納められていることがわかった。さらに身の内側には如来立像が彫刻されており、袈裟の襞や蓮台の花びらまでも精緻に表現されていた。いっぽうの蓋の内側には、優美な曲線脚を持つ三足卓が置かれ、その上に火舎香炉と華瓶が 同じく彫出され、三足卓の表現や火舎の蓋の形状を含め、平安時代後期のものとして矛盾はないとのことで、表の染織や金工の製作年代とも一致することがわかった。また如来の頭髪や唇には彩色が施され、仏龕内外面には截金と考えられる格子状の装飾も確認でき、仏龕は小さなものであるが、極めて精巧な装飾が施されているといえる。
懸守に後世の修理痕跡は認められないことから、仏龕が懸守に籠められてから現在までの千余年、誰も内部を見ることはできなかったはずである。それを誰よりも早く内部を覗き見ることができたのは、現場の調査者の役得かもしれない。もちろん実物を直視したわけではなく、X線を通して内部を見るわけだが、これは二次元のX線画像を三次元画像へとコンピュータを使って再構築した、いわば仮想空間の世界を覗いているのである。少々怪しい世界ではあるが、この世界を覗きながら、共同研究者と画像を議論し、あれもこれもと調査・検討をするのは楽しいものである。
このたび表からは見えない内部の世界を覗くことができ、そこで人の目に決して触れることのない納入品において、平安時代貴族の徹底した美意識を見ることができた。これほど高度な意匠が凝らされている懸守には驚きとともに、当時の職人の熱い思いを感じたのであった。
[No.198 京都国立博物館だより4・5・6月号(2018年4月1日発行)より]