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No.102

文化財の公開が可能な「環境」とは?

京都国立博物館学芸部長

朝賀 浩

 本年1月26日、冷たい雪が舞い散る中、奈良斑鳩の法隆寺では今年も金堂壁画焼損自粛法要が営まれた。昭和24年(1949)のこの日早朝、法隆寺金堂は不慮の火災に見舞われ、美しい仏菩薩の姿を描いた我が国が世界に誇る至宝、法隆寺金堂壁画が取り返しのつかない損傷をこうむった。それからちょうど70年になる。この火災は翌年の『文化財保護法』制定の契機となり、昭和30年からはこの日を文化財防火デーと定めて、第65回の節目となる本年は文化庁長官を始め多くの関係者が法隆寺に参集し、真剣な訓練が執り行われた。

 翌27日には第五回法隆寺金堂壁画保存活用委員会が開催された。この委員会は、火災後に境内に設けられた収蔵庫の中に長年封印されてきた焼損壁画の一般公開を目指して、法隆寺が保存活用上必要な総合的調査を行なうのを支援するために、平成27年(2015)暮れに結成された。同壁画の保存に関しては、岡倉天心の提言を受け大正5年(1916)に文部省が法隆寺壁画保存方法調査委員会を設置したが、それからちょうど百年を経て新たな委員会が立ち上がったことになる。

 現在、収蔵庫内には黒く炭化した金堂初層の軸部(柱や梁)と周囲大小12面の色褪せた焼損壁画が元の配置に倣って組み上げられており、いまも火災現場を彷彿とさせる。これらに加え庫内には焼損をまぬがれた飛天図壁画20面、焼け落ちた山中羅漢図壁画残片、取り替えられた膨大な建築部材や五重塔壁画、さらには工事や修理に関連する書類や記録、写真や図面など貴重な資料も保管されている。

 これらを将来にわたって保存、活用するための環境や条件を総合的に精査し、遺された文化財の価値を再評価することを目的に委員会が設けられてから三年が経過した。委員会のもと、壁画(美術史/材料調査)、建築部材、保存環境、アーカイブという四つのワーキンググループがさまざまな調査を進め、これまでに一定の成果を上げている。第五回委員会では、焼損七十年を機に、その中間報告として収蔵庫の耐震強度や庫内の環境形成メカニズムなどについて説明があり、当面この収蔵庫を使用した壁画の公開は不可能ではないとされた。また資料類のデジタル化や収蔵庫自体の建築史的評価なども進められている。今後は庫内の保存環境を良好に保つための運用上の具体的提言や、壁画や軸部の保存状態に関する調査等が進められる予定である。

 委員会後の記者会見では、当日の中間報告を受けて、公開時期がいつ頃になるのかという点に質問・関心が集中したが、この時法隆寺大野玄妙管長は「環境が整わなければ」ということを強調された。そうなのだ、専門家がどれだけ学術的、科学的に収蔵庫内外の環境や壁画等の状態が良好だと説明できたとしても、「環境」すなわちこの場合は国民の理解や世論の醸成のことだが、それらが得られなければ所有者として責任ある公開はできない。かくも痛々しい壁画を衆目に晒すのか、といった謗りを受ける懸念もある。

 何のための公開か。大野管長は明快に応える。あの痛々しい壁画は、あの場に立ってみれば、それでもいまも圧倒的な存在感で我々に静かに迫ってくる。あの姿を視れば誰とても文化財を護っていかなければならないという気持ちになるんだ、と。文化財の活用とは、その愛護の機運を醸成するためにこそ行われるべきで、金堂壁画の公開は文化財保護の象徴とならねば意味が無い。

 そのための「環境」の整備が必要だ。委員会では今後も様々な学術的調査を行い、壁画の安全性の確認と、その文化財的価値の再評価を行なっていくが、それらと並行して国民から理解を得るための粘り強い働きかけが求められているのだと再認識している。

[No.202 京都国立博物館だより4・5・6月号(2019年4月1日発行)より]

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