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No.113

「京の国宝─守り伝える日本のたから─」展を観覧して

京都府立大学教授

横内 裕人

 「京の国宝」展、第1室。ひととおりお品を拝見した私は、部屋の隅に立ち、観客の様子を窺っていました。国宝との邂逅に胸を躍らせ、部屋に足を踏み入れた方々は、部屋を見回して呆気に取られた様子です。目の前に並ぶのは、行政文書の数々。この部屋には、国宝が見当たらないのです。展示室第1室は、いわば展示世界の玄関口。学芸員が特別な思いを込めてお品を選び観客を招き入れる場所です。そこに国宝がないとは。「ただの国宝展ではない。」観客はそう直感したかのように、謎かけに挑むがごとく、陳列ケースの行政文書に目を落とし、時間をかけて熟覧していきます。一方、国宝を目当てに歩みを早めた方々は、次室の入口でようやく安堵の様子です。わたくしが国宝展の第1室で見たのは、そんな光景でした。

 国宝展と銘打つ展覧会は数あれど、本特別展は、国宝展の名が惹起するさまざまなイメージを裏切る異色の内容でした。もちろん京都が誇る国宝の名品・名作は、たっぷりと用意され、一つひとつの作品をじっくり鑑賞し楽しむ場が設けられていました。その上で付言すると、今回の国宝展は、これほどまでに人々を引き寄せる国宝とはいったい何か?と観客に問い、その答えを「展示」してみせた希有な企画だったと感じます。

 第1室では、行政文書やガラス乾板、調査ノートが、明治時代の激動のなか失われる宝物をまもろうとした、先人の努力と仕事の様を語ります。そして観客は、自分が立っている「国立博物館」が国宝を保存するセンターの役割を果たしてきた歴史を知るのです。さらに古社寺保存法から国宝保存法、そして現在の文化財保護法に至る法律整備の過程が公文書の原本で示されます。解説文では、文化財保護法が議員立法でなされた経緯などが語られます。観客は国宝を生み出した理念と制度への理解を深めたことでしょう。

 文化財保護法により、旧国宝は重要文化財になり、その内から現在の国宝が誕生します。会場では、昭和26年、第1回指定の作品のかたわらに「国宝台帳草稿」が参考資料として、そっと出陳されていました。作品の品質・形状を説明する手書きの文言には、見せ消で修正が重ねられていました。指定の審議会を通じ作品の学術的価値をとことん追求する姿勢が垣間見えます。なぜ国宝がすごいのかを伝える展示として評価できました。

 第1室に並んだ行政文書や調査ノートは、一見無味乾燥な品々です。しかし開かれていたページやガラス乾板の写真には、のちほど会場で目にする国宝達が選び載せられていました。注意深い観客には、目の前に見る国宝を守り支えてきた人の仕事の有様が浮かんできたのではないでしょうか。

 そしていよいよ国宝が並ぶ部屋へと向かいます。美術工芸品の7分野から世界的な優品が、そして宮内庁保管になる新指定文化財などが出陳されています。これからの文化財指定の方向性が示唆されていました。これらの優品を見て、その多くが修理を経て維持されていることに気づかされます。最後の「今日の文化財保護」のコーナーは、文化庁が行っている「調査と研究」「防災と防犯」「修理と模造」の事業を作品とともに紹介するものでした。国宝をはじめとする文化財が、こうした様々な保護事業で守り伝えられている。だからこそ、この国宝展のように作品を展示活用で楽しむことが出来るわけです。国宝の素晴らしさ、そして国宝を支える人と制度。本展覧会は、この二つを「展示」で見せた異色の国宝展として記憶に刻まれるものとなりましょう。

[No.213 京都国立博物館だより1・2・3月号(2022年1月1日発行)より]

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