染織
この胴服には伝承があって、天正18年(1590)、豊臣秀吉が小田原合戦の時、陣中見舞として南部信直が、馬100頭、鷹50羽を献じた時与えられた梨地金拵脇差と唐織羽織衣服等にあたるという。まさしくこの胴服が明治29年(1896)には南部家に伝えられていたことが確められる。白地胴開(どうあき)の構成で、上方に紫染の壷垂(つぼたれ)、裾に矢襖(やふすま)文様をあらわして上下の変化を見せ、白地部分に桐文様を散らしている。いずれも細やかな絞染の辻が花の手法により、地白であり、描絵などを一切加えない、まさに辻が花最盛期の自信にあふれた作いきをうかがわせる。
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