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閻魔王とその従者たち(えんまおうとそのじゅうしゃたち)
美術室 伊東
1993年08月14日
伊丹十三監督の「大病人」という映画がありました。ガンで死ぬ人のことをあつかったもので、このようなことがテーマになること自体、現代の私たちの死に対するとまどいを感じさせます。
死がこわいのは、死んだあとどうなるかわからないからです。死の向う側に広がる無限の暗黒がこわいのです。ここに宗教のになう大きな役割があるのですが、仏教では輪廻(りんね)といって、人は死後もまた別の世界で生きつづけなければならないという思想があります。死者はまず閻魔王(えんまおう)の前に引き出され、生前の行いの善悪を裁かれ、それによって次はどの世界で生きるかが決められるというわけです。もっとも苦しみの多いのが地獄であるのはいうまでもありません。
ところでこの考えは古代インドで行われていたのですが、これが中国に入ってくると、中国固有の信仰と混り合います。つまり中国では、死後の世界の支配者としての太山府君(たいざんふくん)が、ほかの諸王を従えていたのです。その結果として、閻魔王と太山府君など10人の王が選び出され、死んだ人がそれらの王から10回の裁判を受けるという十王信仰が発生しました。また特に、閻魔王に対する信仰が強かったため、これを中央に置き、その左右に太山府君と五道転輪王(ごどうてんりんおう)を従えて、裁判の場面をあらわすこともありました。そのときこれら3人の前には、罪状を読み上げ、判決文を記録する司命(しみょう)と司録(しろく)という2人の書記官(しょきかん)が配されました。
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閻魔王および眷属像(司命) <宝積寺>
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閻魔王および眷属像(司録) <宝積寺>
下の図の5体の像がまさにそれです。
もと京都府大山崎町(おおやまざきちょう)の閻魔堂(えんまどう)にあったといわれ、今は宝積寺(ほうしゃくじ)にあります。こういう姿の彫刻としては、もっとも古いもので、鎌倉(かまくら)時代初めの作です。目を見てください。
キラキラ光っているのは水晶だからで、これはこの時代からの特徴です。さあ、お堂の中にいると想像してみましょう。そこにひとりたたずむあなたは死者の魂です。堂内に裁判官の怒声が聞えます。灯火にほの揺れて光る裁判官の目を見上げるとき、あなたは、そして昔の人びとも、自分たちの悪い行いを思い、そして恥じ入るのです。
・・・・・このように作品の環境の中に入りこみ、錯覚ともいえる瞬間をもてるというのが、大型の彫刻の、しかも群像のだいご味でしょう。そしてもっと大切なのは、同じことを昔の人も感じたはずだということです。昔の人のした体験をあなたは追体験したことになります。それを実感できたならば、あなたはもう歴史の森へ第一歩をふみ出したといえるでしょう。
毎年7月にはお盆があります。旧の暦をもとに8月に行うところもあります。地蔵盆は8月ですね。年に1度先祖の霊を迎えて、供養する年中行事です。鎌倉時代の人たちも、閻魔王たちの像を見るにつけ、自分が地獄におちないように、そして先祖の霊が苦しみを受けていないように祈ったに違いありません。
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