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折れず、曲がらず、よく斬れる日本刀(おれず、まがらず、よくきれるにほんとう)
工芸室 久保
2001年12月08日
アフガニスタンやパレスチナからのニュースが毎日流されている今、原因(げんいん)はいろいろですが、人が人を殺(ころ)す「戦争(せんそう)」というものは、いつの時代になってもなくならないものだと、本当に悲(かな)しい気持(きも)ちになります。現代の武器(ぶき)は爆弾(ばくだん)や銃(じゅう)ですが、昔は世界のどこでも刀(かたな)や剣(けん)が戦(たたか)いの道具でした。
日本刀(にほんとう)も、いうまでもなく、人を斬るための武器です。「そんな気味(きみ)の悪(わる)いもの、なんで博物館(はくぶつかん)で展示(てんじ)しているの?」といぶかしく思う人もいるのではないでしょうか。
なぜ日本刀を展示しているのか。それはひとことで言うと「日本刀が美(うつく)しいもの」だからです。ゆるやかな、でも単調(たんちょう)でない微妙(びみょう)な曲線(きょくせん)を描(えが)くかたち。そして白い淡雲(あわぐも)のような刃文(はもん)が、一振(ひとふ)り一振り、違(ちが)った模様(もよう)を見せています。どうでしょう。このような日本刀を「美しい」と感じませんか?こんにち、日本刀を美術として鑑賞(かんしょう)する人が大変たくさんいます。
そしてそのような「刀剣(とうけん)の鑑賞」は、なんと鎌倉(かまくら)時代から始(はじ)まっているのです。日本刀に多くの人が美しさを感じてきた理由(りゆう)の一つは、これが武器として完(かん)ぺきな作りであること、わかりやすく言えば「折(お)れず、曲(ま)がらず、よく斬(き)れる」武器なので、機能(きのう)に文句(もんく)のつけようがなく、純粋(じゅんすい)にかたちや刃文を眺(なが)めることができたからだと思います。
ですが、原材料(げんざいりょう)である鉄(てつ)の性質(せいしつ)からすれば、この「折れないこと」と「曲がらないこと」は両立(りょうりつ)がひじょうに難(むずか)しいことなのです。例(たと)えば炭素分(たんそぶん)を多く含(ふく)む鉄は、きわめて硬(かた)いのですが、もろく折れやすいので、それだけでは刀になりません。逆(ぎゃく)に炭素分が少ない鉄は、粘り気(ねばりけ)があり折れにくいのですが、曲がりやすい性質(せいしつ)をもっています。日本刀が優(すぐ)れているのは、この両方(りょうほう)の鉄を同時に用いて作られているので、折れにくく、また曲がりにくいのです。その断面(だんめん)を見ると下の写真(しゃしん)のようになっています。真ん中(まんなか)の心鉄(しんがね)に軟(やわ)らかい鉄を使い折れにくくし、外側には硬くじょうぶな皮鉄(かわがね)を使って曲がりにくくしています。しかも「折(お)り返(かえ)し鍛錬(たんれん)」といって、これらの鉄を赤(あか)く熱(ねっ)しては叩(たた)いて延(の)ばし折りたたむ、という作業(さぎょう)を繰(く)り返(かえ)し、何層(なんそう)にもわたって微妙(びみょう)に炭素分を調整(ちょうせい)しているのです。そして最終的(さいしゅうてき)に「焼(や)き入(い)れ」といい、刃先(はさき:刃文の部分)に薄(うす)く土を塗(ぬ)り、それ以外(いがい)は厚(あつ)く塗って、赤く焼いてから水に入れて急冷(きゅうれい)すると、相手(あいて)に当(あ)たる刃先だけがひじょうに硬くなって、よく斬れる刀として完成(かんせい)するのです。
世界のどこの刀剣(とうけん)をみても、日本刀ほどに細(こま)やかな鉄の構造(こうぞう)をもち、「折れず、曲がらず、よく斬れる」ものはない、といわれます。じっさい室町(むろまち)時代には、このような性能(せいのう)が評判(ひょうばん)を呼(よ)び、中国(ちゅうごく)や朝鮮(ちょうせん:今の韓国(かんこく)・北朝鮮(きたちょうせん))に何万本(なんまんぼん)という日本刀が輸出(ゆしゅつ)されました。いま展示している作品は、どれも大変よく斬れます。そしてあまりにも優れた武器であるがゆえに、実戦(じっせん)にはほとんど使われることなく、家(いえ)の宝(たから)として代々(だいだい)とても大切(たいせつ)に守(まも)り伝(つた)えられてきた名刀(めいとう)なのです。