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神々の再生と神宝の寄進(かみがみのさいせいとしんぽうのきしん)―阿須賀神社伝来古神宝類(あすかじんじゃでんらいこしんぽうるい)―
工芸室 山川 曉
2014年10月21日
初もうで、お宮参り、お祭り・・・年中行事や地域(ちいき)の暮(く)らしと深く結び付き、日本人にとってはなじみ深い場所である神社。でも、地元のよく知っている神社のご祭神(さいしん)の名を聞かれると、答えに詰(つ)まったりしませんか?身近ではあるけれど、あまり深くは知らない日本の神様の世界。ここでは、神様にささげられた「神宝(しんぽう)」と呼(よ)ばれる作品群(ぐん)を学びながら、私たちの先祖(せんぞ)が、神様をどのように考えてきたかを垣間(かいま)見てみましょう。
「神宝」というからにはさぞや高価(こうか)で貴重(きちょう)な品に違(ちが)いない!と思った方は、ここに挙げた「小葵文様袍(こあおいもんようほう)」を見て、拍子(ひょうし)抜けしてしまったでしょうか。これは、和歌山県にある阿須賀(あすか)神社という神社の祭神に、明徳(めいとく)元年(がんねん)(1390)頃に奉納(ほうのう)された神宝類のうちのひとつです。袍(ほう)は「うえのきぬ」とも訓読(くんどく)されるように、重ね着をした時に一番上に着用する衣服のこと。
実は、神宝とは、祭神にゆかりの深い器物(きぶつ)(男神であれば剣(けん)や弓矢などの武具(ぶぐ)、女神であれば機織(はたお)りの道具など)や、祭神が用いる調度品(ちょうどひん)や装束(しょうぞく)類を指します。奉納されたそれらの品々は、神々の住居(じゅうきょ)である神社本殿(ほんでん)の中に秘蔵(ひぞう)されました。そして、数年おきに新調されることになっていたのです。実際(じっさい)に使用して傷(いた)むわけでもないのに、なぜ新しくするのでしょう?それは、日本の神々は、常(つね)に若々(わかわか)しく清浄(せいじょう)な存在(そんざい)であることが求められたため、古くなった社殿(しゃでん)を新築(しんちく)したり、身の回りの品や衣服を新しくしたりすることによって、その生命力をよみがえらせることができると信じられていたからです。
平成25年には、20年ごとと定められている伊勢神宮(いせじんぐう)の式年遷宮(しきねんせんぐう)が行われ、それとともに各種の神宝が新調されました。ニュースで大々的に報道(ほうどう)されていたので、覚えている人もいるのではないでしょうか。このように、新たな神宝は、式年遷宮とともに奉納されることが一般的(いっぱんてき)です。この袍が伝来した阿須賀神社は、世界遺産(いさん)にも登録された「紀伊山地(きいさんち)の霊場(れいじょう)と参詣道(さんぱいどう)」に含(ふく)まれる、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)にゆかりの深いお宮。平安時代以降(いこう)、熊野詣(くまのもうで)でと称(しょう)される熊野地方への巡礼(じゅんれい)がたいへん盛(さか)んになり、熊野速玉大社および阿須賀神社にも、天皇(てんのう)や上皇(じょうこう)といった時の権力(けんりょく)者が数多く参拝(さんぱい)しました。繁栄(はんえい)を極めた一帯でしたが、世情(せじょう)不安定な南北朝(なんぼくちょう)時代を迎(むか)えると一帯は急速にさびれ、33年に一度行うことが定められていた式年遷宮やそれにともなう神宝新調が実現(じつげん)できなくなってしまいました。熊野速玉大社に残された文書によれば、莫大(ばくだい)な費用がかかるため懸案(けんあん)となっていた遷宮を実現させた中心人物は、金閣寺(きんかくじ)を建立したことでも名高い、室町幕府(ばくふ)三代将軍(しょうぐん)・足利(あしかが)義満(よしみつ)でした。
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[写真1] 国宝 小葵文様袍(阿須賀神社伝来古神宝のうち)<京都国立博物館蔵>
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[写真2] 国宝 石帯(阿須賀神社伝来古神宝のうち)<京都国立博物館蔵>
それでは、義満を筆頭(ひっとう)とする時の権力者が奉納したという阿須賀神社の神宝を、一部ですが紹介(しょうかい)しましょう。「小葵文様袍(こあおいもんようほう)」[写真1]のような衣服は、公家男性(だんせい)が着用する「直衣(のうし)」に等しく、「石帯(せきたい)」[写真2]は、束帯(そくたい)とよばれる公家男子の正装(せいそう)に用いる帯です。ほかにも「冠(かんむり)」や「表(うえの)袴(はかま)」など、いずれも男性の衣服が伝えられることから、阿須賀神社の神宝は、祭神であるコトサカオノミコトという男神にあわせて調製(ちょうせい)されたことが分かります。コトサカオノミコトは、日本神話においてイザナミとともに天地を創成(そうせい)したとされるイザナギが、イザナミとの別離(べつり)の際(さい)に吐(は)いた唾(つば)を掃(は)き清(きよ)めた時に生まれたとされる神。そのため、魔(ま)よけや縁切(えんき)りなどの力を持つと考えられてきました。神宝の準備(じゅんび)にたずさわった人々は、祭神の性格(せいかく)を考慮(こうりょ)しながら、衣服や身の回りの品々を用意していったことでしょう。そして準備の際には、それ以前に奉納された神宝を参照しつつ、当時最高の素材(そざい)や技術(ぎじゅつ)を惜(お)しみなくつぎ込(こ)んだことでしょう。この時代を生きた人間の衣服は残されていませんが、神様のために特別に作られた最高級品によって、私(わたし)たちは当時の染織(せんしょく)の様相(ようそう)をうかがい知ることができるのです。
常に若々しく、人間のように性別(せいべつ)をもち、神話という物語とともに語られる日本の神々。神々の再生(さいせい)の象徴(しょうちょう)でもある新たな神宝の寄進(きしん)には、そのあふれる神威(しんい)にすがろうとする先人たちの深い祈(いの)りがこめられているのです。