漆工:永島
1999年09月11日
みんなは、江戸(えど)時代の蒔絵技法(まきえぎほう)で飾(かざ)られた家具(かぐ)、楽器(がっき)、装身具(そうしんぐ)、箱類(はこるい)を見たことがありますか?
金粉(きんぷん)や銀粉(ぎんぷん)をふんだんに使って図柄(ずがら)を表しているので、とてもゴージャスです。どうやって作るのかわかリますか?じつはこれ、漆(うるし)という樹(き)から採(と)れるネバネバした液体(えきたい)を使って、モノの表面にピカピカした金属の粉をくっつけるのです。このやり方を「蒔絵(まきえ)」といいます。材料は漆の樹液(じゅえき)と金属の粉だけですが、粉の種類やくっつけ方を変えるといろんな表現ができます。たとえば、色を変えるには、金属の種類を変えます。色の濃(こ)さを変えるには、粉を散らす密度(みつど)を変えます。ほかにも金属の粉の上に漆をうすく塗(ぬ)って金属を透(す)かせて見せたり、金属粉をピカピカに磨(みが)いてかがやきを強調(きょうちょう)させたり、粉をくっつける前にモノの表現にもりあがりを作って図柄を浮き出させたりといった具合です。
江戸時代は新しくかっこいいデザインがどんどん産(う)み出(だ)された時代です。これは、お金を持った町人(ちょうにん)たちの活躍(かつやく)の結果(けっか)です。町人たちは、ほかの人の持っていないモノ、趣向(しゅこう)を凝(こ)らしたモノを作らせて、それらを持っているところを人に見てもらうことで、自分の財力やセンスのよさをアピールしようとしました。現代の人たちが高級ブランド品や超レアものを買い込んで、これを身に着けているところを人に見てもらいたいのと、ちょっと似た感覚かもしれません。でも、江戸時代の金持(かねも)ち町人のおおくは文学(ぶんがく)や芸術(げいじゅつ)を猛勉強(もんべんきょう)して、作家(さっか)たちの理解者(りかいしゃ)、スポンサーとなって彼らを育(そだ)てたので、流行(りゅうこう)を追(お)うだけの消費者(しょうひしゃ)とはちがいました。そのおかげで江戸時代の蒔絵は、楽しい趣向を凝らしたものが豊富(ほうふ)なのです。図柄の意味(いみ)は勉強しないとなかなか理解できませんが、視覚的(しかくてき)なインパクトは現代の感覚で見てもじゅうぶんに楽しめるはずです。作品をじっくり眺(なが)めて、当時(とうじ)の作り手の気合(きあ)いや、持ち主の気分(きぶん)を、想像(そうぞう)してみてくださいね。
さて、今回は「笠翁細工(りつおうざいく)」「破笠細工(はりつざいく)」とよばれる作品に注目(ちゅうもく)しましょう。笠翁は小川破笠(おがわはりつ:1663~1747)という人の別名です。まずは作品を見てみてください。
ほかの蒔絵の作品とくらべて何が特徴(とくちょう)だかわかリますか?金粉や銀粉ばかりでなく陶磁器(とうじき)のかけら、ギヤマン(江戸時代のガラス)、螺鈿(らでん:貝殻(かいがら)のよく光る部分をうすく剥(は)いだかけら)、鼈甲(べっこう:うすく削(けず)った亀(かめ)の甲羅(こうら))、鉛(なまり)の板(いた)、貴石(きせき)などをも漆ではりつけていますね。こんなふうに、ことなる材質(ざいしつ)の部材(ぶざい)を埋(う)め込(こ)んでくっつけることを象嵌(ぞうがん)といいますが、笠翁細工では象嵌した素材(そざい)の上にさらに細(こま)かい文様(もんよう)を蒔絵しています。すごいですねえ。また、展示中の作品ではささげ物を運ぶ象や宝露台(ほうろだい)のように、中国風(ちゅうごくふう)の図柄もあります。これは、破笠が中国の墨(すみ)のデザイン帖(ちょう)を見て、それを蒔絵にとりいれた例です。さらに、作品のどこかに四角い陶磁器のかけらで作る「観(かん)」の字の印章(いんしょう)を埋め込んでいます。これらが笠翁細工の特徴です。
破笠はもともと松尾芭蕉(まつおばしょう)に弟子入(でしい)りして俳人(はいじん)を目指(めざ)していました。蒔絵作家としてのデビューはなんと、50代半(なか)ば。若くから蒔絵を修業(しゅぎょう)した人とは発想(はっそう)が違っていたのも当然かもしれませんね。
笠翁細工の斬新(ざんしん)な意匠(いしょう)、派手(はで)な印象(いんしょう)は、新しいもの好きの町人に人気でした。しかし、破笠ひとりではみんなの注文(ちゅうもん)に応(こた)えられません。そこで、ほかの工人(こうじん)が破笠スタイルをじょうずに真似(まね)て作品を作りました。ですから、破笠の印章「観」が象嵌されているとしても、破笠本人が作ったとはかぎらないのです。また、笠翁細工は欧米(おうべい)の蒔絵ファンをも魅了(みりょう)したので、じつは、海外(かいがい)の熱烈(ねつれつ)な求(もと)めに応(おう)じて、破笠の死後、19世紀になってから作られた作品もおおいのです。そういうわけで一連(いちれん)の作品は「破笠作」ではなく「笠翁細工」「破笠細工」とよばれています。いまでも、笠翁細工は国内よりも欧米におおくありますから、みんなもいつか欧米に行くことがあったら、美術館や骨董品店(こっとうひんてん)をおとずれて笠翁細工を探(さが)してみてくださいね。
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