工芸室 灰野
1995年04月08日
君は学校の遠足で山を歩いて、肌(はだ)がかぶれたことがあるだろうか。おそらくないだろうね。かぶれるというのは肌が赤くふくれて、ものすごくかゆくなることなのだ。 かぶれは山に生(は)えている漆(うるし)の樹(き)にさわったり、枝を折ったりするとなるんだよ。君たちが今、山を歩いてもほとんどかぶれないのは漆の樹が日本に少なくなったからだ。
しかし、このことは君たちにとって良いことのようだが、実は日本の文化にとっては大変困ったことなんだ。というのは、日本に古くからある工芸品、漆器(しっき)が作られなくなることにつながるからだ。
漆器はこの漆の樹からとれる液体(樹液〈じゅえき〉)をうまく利用して作られてきた。この樹液には人をかぶれさせる悪い面もあるけれど、それにもましてこのような良い面があるのだよ。
この樹液をお椀(わん)のような器物(きぶつ)に塗(ぬ)って乾(かわ)かすと、非常に堅(かた)く丈夫(じょうぶ)になるし、その表面は美しい輝きと艶(つや)がでて、一つの工芸品になる。このことは縄文時代(じょうもんじだい)の人々も知っていて櫛(くし)や椀などに漆を塗っていたんだ。古代から江戸時代(えどじだい)まで日本人はいつもこのような漆器を作りつづけて生活を豊かなものにしてきているんだ。 ただ、漆の樹は日本だけに生えるものではなく、東南(とうなん)アジア、中国(ちゅうごく)、朝鮮(ちょうせん)などアジアの諸国(しょこく)にある。しかし、ヨーロッパやアメリカなどには生えることはなく、漆を利用したこれらは。「東洋の工芸品」と呼ばれている。
そして、東洋といえばなんといっても中国がその文明の歴史は古い(中国四千年の味とコマーシャルにもあるヨ)。日本とは比較(ひかく)にならないほどの長い文化の歴史がある。そのため日本は邪馬台国(やまたいこく)の卑弥呼(ひみこ)の時代から中国にあこがれ、その文化を輸入してきているんだ。 このことは漆器についても言えることで、漆器作りの技術を中国に学んでいるんだ。正倉院(しょうそういん)の漆器の遺品(いひん)をみても、中国の唐(とう)時代(8世紀)の輸入品の漆器群がほとんどなのだ。仏教伝来(ぶっきょうでんらい)と共(とも)にもちこまれた漆器なんだ。しかし今回は、「彫漆(ちょうしつ)」という中国漆器の技法をとりあげてみたい。鎌倉(かまくら)時代に日本に渡ってきた技法だ。
彫漆は日本では堆朱(ついしゅ)・堆黒(ついこく)・紅花緑葉(こうかりょくよう)などとよばれる技法で中国では剔紅(じっこう)・桂漿(けいしょう)・犀皮(さいひ)などとよばれている。彫漆とは漆を彫(ほ)るという意味だ。盆などの器物に漆を何回も何回も塗り重ねて(すごいものは数百回も塗り)漆の厚い層(そう)をつくる。この堅い漆の層を文様にそって彫り起こすという技法(ぎほう)なんだ。
この技法は鎌倉時代(14世紀)、中国から禅宗(ぜんしゅう)と共に輸入された。この中国の禅宗は日本では鎌倉(神奈川県〈かながわけん〉)の地で華(はな)開き、この彫漆の遺品も鎌倉の禅宗寺院に仏具(ぶつぐ)として多く伝えられてきている。仏にささげる香をたく道具、香炉(こうろ)をのせる香盆(こうぼん)、香を入れる香合(こうごう)などの遺品に多い。中国から伝わった禅宗ということから、このような中国の仏具が大切にされたんだね。
さて、この彫漆の技法。厚い漆の層をつくるためには数百回塗り重ねなければならない。大変な労力だ。おそらく何年もかかって作ったものだ。また、この玉石(ぎょくせき)のように堅い層を鋭利(えいり)な刃物(はもの)で彫り起こさなければならない。これまた大変な仕事だ。いかにも中国人らしい気の遠くなるような工程(こうてい)なんだよね。ねばり強い中国人だから出来た工芸品といえなくもないんだ。
日本人もこの技法をがまん強く学んだ。これを作る工人(こうじん)の家系(かけい)「堆朱楊成(ついしゅようぜい)」が室町(むろまち)時代にできたほどなんだ。
しかし、日本人のかしこさ、というか、ずるがしこさというか、この彫漆に似(に)せて、日本独特(どくとく)の工芸品を作りあげたんだよ。「鎌倉彫(かまくらぼり)」だ。漆の層のかわりに木を彫って作り、そこに漆を厚く塗ったものだ。手間(てま)をはぶいて似せたものを作ったんだよ。中国人ほど日本人は根気(こんき)がなかったのかも知れないね。ただこの工芸品もそれなりに趣(おもむき)があるんだ。
(クイズ:上の彫漆盆と次の鎌倉彫の香合の違いがわかりますか)
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