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一字蓮台法華経(いちじれんだいほけきょう)
美術室 赤尾
1995年03月11日
きょうは、お経の文字(もじ)一字一字が仏(ほとけ)さまそのものであると考えて、仏や菩薩(ぼさつ=仏に成るために修行〈しゅぎょう〉している徳〈とく〉の高い人)などと同じように、蓮華(れんげ)の台(蓮台・蓮華座〈ざ〉という)の上にお経の文字を乗(の)せて書き写してあるところから、「一字蓮台法華経」と呼(よ)ばれているお経について勉強してみましょう。
このお経の正しい名前は『妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)』といいますが、普通(ふつう)には『法華経(ほけきょう)』と呼ばれています。『法華経』は全体(ぜんたい)が二十八の章(大きな段落〈だんらく〉)に分けられていますが、そのお経の章のことを特に「品(ほん)」といっています。そこでこの短いお経は、『法華経』の二十八の章のうち「嘱累(しょくるい 仏の教〈おしえ〉が後世〈こうせい〉に伝わるようにと教えを授〈さず〉け与〈あた〉えて託〈たく〉すという意味〈いみ〉)」という名の章が書き写してある部分で、全体の二十二番目にあたる章ということになります。また、このお経が書き写された年代は、今から八百年以上も前の平安時代後期(へいあんじだいこうき=12世紀)です。
一字一字が彩色してある蓮台の上に乗っています。まさに蓮台に坐(ざ)す仏さまといったところでしょう。もちろん、どの蓮台も手書きで、五葉(ごよう)の蓮弁(れんべん=蓮華の花弁〈かべん〉)が二段、まるで蓮華の花が開いたように描(えが)かれています。
これらは丹(たん=赤色)・緑青(ろくしょう=緑色)・群青(ぐんじょう=青色)・金・銀(ぎん)の五色のどれかで彩色されていますが、銀だけは色が落ちてしまってはっきり見えません。たいへんな手間(てま)だったと思いますが、蓮弁の一枚一枚に彩色がしてあります。ちょっと見ると不規則(ふきそく)に彩色されているように見えますが、よく見てください。菱形(ひしがた)を描くような模様(もよう)になっているのがわかりますか?その菱形模様は、丹を中心とした蓮台の間を緑青の蓮台で埋(う)め、更(さら)に群青・金・銀の蓮台をその間に配(はい)するというものです。
蓮台の蓮華は、田舎(いなか)の田畑(たはた)で見かけるような「蓮華草(れんげそう)」ではなくて、大きな池や沼(ぬま)に生(は)えている「蓮(はす=この根〈ね〉が蓮根〈れんこん〉です)」または「睡蓮(すいれん)」のことをいいます。仏教(ぶっきょう)が興(おこ)ったインドでは、蓮華は泥(どろ)の中に生えていながら、その泥に染(そ)まらず、清(きよ)らかで美しい花を開くことから大へん尊(とうと)ばれた花です。このような蓮華は蓮華文様(もんよう)として仏教のシンボルとなる一方、蓮池(れんち)の清涼(せいりょう)さとその水面(すいめん)に咲(さ)く蓮華の様子(ようす)は仏さまの浄土(じょうど)を表(あらわ)すようにもなってきました。『妙法蓮華経』の「蓮華」は白花の蓮華を指(さ)していますが、この他(ほか)、お経によく出てくる蓮華には赤・青・黄色の蓮華もあります。蓮台の彩色は、これらの花の色を表したものかも知れません。
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一字蓮台法華経(部分)<京都国立博物館蔵>
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一字蓮台法華経(部分)<京都国立博物館蔵>
もともとお経の文字は仏さまの教を記(しる)したものなので、心をこめて書き写すことはもちろんのこと、自分勝手(かって)に字句(じく)を変えたりすることは絶対(ぜったい)にできません。その基本(きほん)はお経用の紙に墨(すみ)で一字一句誤りなく書き写すというものでしたが、次第(しだい)に時代を経(へ)て平安時代中期以降(いこう)の貴族(きぞく)社会になると、仏さまの教を「正しく書き写す」ことから「美しく飾(かざ)る」ことへのその関心(かんしん)が移(うつ)り変(かわ)っていきました。紙を美しく色々に染めたり、文字を飾ったりしたお経を「装飾経(そうしょくきょう)」と呼んでいますが、その中心的なお経が『法華経』でした。特に平安時代後期(十二世紀)には、大量(たいりょう)の「装飾経」が生み出されました。この「一字蓮台法華経」もそのような時代に書き写されましたが、単にお経を飾るということよりも「一字一仏」という篤(あつ)い信仰に基(もと)づいて書き写されたものです。心をこめて書き写された様子が伝わってくるようです。今度、仏像を観たときに、台座などもあわせて観てくださいね。