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No.14

梅のたより

泉 武夫

 紅梅がようやくほころび始めたと思ったら、今朝は寒波のぶりかえしで雪が梅ケ枝に化粧をほどこしています。2月19日は24節季でいうと雪が雨に変わるという雨水 (うすい) をちょうど過ぎた時期。しかしまだまだ春は先のようです。

 当館では毎年特定の寺社の所蔵品総合調査を行っていますが、ことしは北野天満宮にお邪魔しています。ここの紅梅はことさら紅色で、いまごろがアマチュアカメラマンの腕の見せどころらしく、天候や日差しを気にしながらシャッターチャンスをうかがう光景があちらこちらに展開しています。

 今日は調査を開始してから3日目です。ちなみに近年の総合調査は厳寒の頃ばかりになってしまいました。学芸課諸氏の調査に割ける共通時間がこの時期以外に設定しにくくなっているためです。

 総合調査が始まると、最初に待っているのは宝蔵からの作品の搬出です。寺社の方には失礼ながら積年のほこりにまみれることもしばしばです。この搬出作業は、学芸課の上下を問わず、すべての研究員がジャンルを越えて手伝います。また調査や撮影に当たっても、 担当分野の作品がそれほどない場合は、他のジャンルの調査・撮影を時間が許す範囲で補助するのが慣例となっています。これは大変すばらしい伝統であるとわたしは考えます。こういう調査体制は、他のどんな博物館・研究機関の前に出しても恥ずかしくないものと思います。

 自画自賛ばかりでは進歩がないのでこれくらいにしておきますが、神社といえば改めて緑の豊富なことが印象に残ります。日本の神社に付属する鎮守の森は、自然のままの植生を残していることが多く、中には原始林の状態で保存されているところもあります。もちろん野鳥や昆虫など動物の生態もそれに付随します。樹を伐るべからず、 といっているだけでこれだけ自然が残るのです。べつに神道を擁護するわけではありませんが、信仰が失われると森もなくなるかもしれません。

 アメリカの友人から、対馬の天然記念物の野鳥のひとつは樹齢30年以上のある種の樹木にだけ棲息するのに、林業経済の観点から30年以上の樹木をすべて伐採したため、その野鳥が絶滅した、という話を聞きました。このテの話はたくさんあるのでしょう。なにも教条主義的な自然保護がいいと思っているわけではありませんが、その友人に対して説明できる言葉のないことを情けなく思いました。

 さて、ギリシアやエジプトなど文明発祥の地もかつては緑が豊かであったそうです。文明によって環境が激変し砂漠化したらしい。井上靖の小説でも親しまれた楼蘭はじめシルクロード諸都市もいまよりはずっと緑に囲まれていたのです。ところで最近、納豆のねばねばに特殊な加工をほどこして作った新素材繊維が開発され、水分を多量に含むことが発見されました。これを使えば砂漠化した地帯を再び緑化することができるかもしれません。うまくいってほしいものです。

[No.114 京都国立博物館だより4・5・6月号(1997年4月1日発行)より]

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