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No.117
「河内長野の霊地 観心寺と金剛寺―真言密教と南朝の遺産―」観覧記
奈良大学准教授
大河内 智之
平安時代初期、空海弟子の実恵(じちえ)と真紹(しんじょう)が開き如意輪観音坐像(国宝)を本尊とする観心寺、そして平安時代の末に高野山から阿観(あかん)が入寺し、先般平成知新館でも展示されその威容を誇った丈六の大日如来坐像(国宝)を本尊とする金剛寺。ともに歴史的にも文化的にも地理的にも高野山との深い結びつきを有した古刹です。
展示の冒頭、来館者は心の準備も整わぬままに、金剛寺に伝わる弘法大師の大幅にまみえます。高野山壇上伽藍御影堂に奉懸された、真如親王親筆とされる大師の影像から2度目の転写本とされる由緒正しき尊影で、現在確認されているなかで最古の大師像です。副題のとおり、真言密教の聖地に伝わる宝物への出会いを予見させる効果的なアプローチから展示室を進むと、さまざまな密教尊像を描いた仏画、多様な密教法具、根来寺等で書写された聖教類が展示室に並びます。彫刻では観心寺の伝宝生如来坐像と伝弥勒菩薩坐像(及び参考出陳の安祥寺大日如来坐像)と、それら平安初期密教彫像への学習のもと造像された平安時代末期の奈良仏師による金剛寺大日如来坐像(多宝塔本尊)が向き合って展示された空間に驚かされます。これら資料の並びには、真言密教の伝播と継承のあり方を伝えようとする意図が通底しており、まさしく二つの真言寺院の霊宝が一堂に会したことで、こうした魅力的な展示空間が構築されたといえるでしょう。
展覧会を構成する上において、同格の複数寺院を対象とするのは、実は難しいことです。それぞれの寺の歴史があり、宝物の由来があり、伝統の重みがありますから、どちらか一方に偏らず、かつ足らないことのないよう、担当者は頭を悩ませることになります。その点で、真言密教と南朝遺産という両寺を架構するテーマを設定し、かつ両寺の文化財を分かたずに分野ごとに紹介した展示方法は、同館展示室の特性も踏まえた適切な解答の一つであったと思われます。観心寺からの出陳が66件、金剛寺からの出陳が63件。隅々まで配慮し練られた展示であることが、こうした視点からもうかがえます。
このように練られた展示の中で、特に注目されたのが、同館による調査で新たに見いだされた美術工芸資料の数々です。本展自体、平成28年度から令和元年度まで科学研究費助成事業として実施した「河内地域の仏教文化と歴史に関する総合的研究」の成果報告を兼ねており、同館からは『社寺調査報告』3冊、科学研究費補助金の2冊の報告書が発行されています。以前から「京都社寺調査」というかたちで、多くの館員が一丸となり専門性を生かした調査活動を行ってきた京都国立博物館の伝統があってなしえた事業と評価できます。
中でも、観心寺の大壇具や、法橋栄賢(ほっきょうえいけん)筆の紅頗梨阿弥陀像(ぐはりあみだぞう)など、従来国立館では展示される機会が少なかった江戸時代の宗教美術資料を高く評価していたことに、大きな共感を覚えました。日本美術史の枠組みと射程を、より大きくより長くとらえるためには、旧来の評価にとどまらない新たな価値を資料から見出していく必要があります。それはまさしく調査の現場で研究員が悩みながら評価し、知識と経験を蓄え、展示という場を通じて観覧者と価値を共有していく中で、構築されていくものと思います。
多分野にわたる研究者を擁する国立博物館としての社会的責務を果たすという観点からも、今後も同様の調査研究活動を続けられ、またその成果としての展覧会が引き続き開催されますことを、京博の展覧会に多くのことを教わってきた一人の学徒として、また熱烈なファンとして強く望んでいます。
[No.217 京都国立博物館だより1・2・3月号(2023年1月1日発行)より]